私が社労士を目指したきっかけは、短い時間なのに人生の重大局面に関わっていただいたから…でしょうか。
私は、網膜色素変性症に罹っており、障害年金を受給しています。
受給する際に初めて社労士さんに出会い、そして、裁定請求→審査請求→再審査請求までお世話になりました。
審査請求、再審査請求の話は、別の機会にいたします。
裁定請求で、障害年金を受給できたことで生活が安定し、毎日お金の心配をすることがなくなりました。
裁定請求時には、うつ病で退職した時期でしたので、かなりメンタル的に追い詰められていて、傷病手当金も医療機関と事業主の証明を取るまでに時間がかかり、貯金カツカツの生活でした…。
(ホントにカツカツで、銀行の残高が1万円切ってたんです……(泣))
その時に、障害年金2級が受給できるかもしれないとわかり、すがるような思いで依頼したのが、再審査請求まで付き合っていただいた先輩社労士さんです。
最初の相談は、じっくりじっくり話を聞かれてヘロヘロになっていましたが、その後は、ほとんどメールでやり取りをするだけで、うつ病の時の自分でも楽に構えることができました。
会ったのも審査請求の口頭意見陳述の時くらいで、実際に関わった時間はかなり少ないと思います。
車を所有していた時に、ディーラーさんと話をして購入して、メンテナンス時に話して、車検時に話して…よりも当然に関わった時間は少ないです。
でも、やはり、毎月約7万円、年約80万円(当時)もらえるのは、生活に直結する一大イベントです。
車を買うより、長い目で見たら、障害年金のほうが高い金額のやり取りをしているにもです…。
(今は車を手放しましたがね…)
対応する時間は少なくても(裏でいっぱい頑張るのですが)、人生の重大局面に関わって、しかも、それを仕事としてできる!
(やりがいいっぱいのお仕事だなぁ〜)
そんなことを思っていた時、通っていた就労移行支援事業所で日商簿記3級に合格しました。
就労移行支援に通いはじめてまだ2か月で、日商簿記2級のあとに、日商簿記1級や税理士ではなく、社労士の資格をとるのもありだなと思い至りました。
(→その後日商簿記2級は、4か月弱でとりました。事務所の会計業務に役立っているので勉強して正解でしたね。)
通信講座に申込み、2023年11月末から2024年8月25日の社労士試験までの9か月間、自宅や就労移行支援事業所での自主学習で無事に1回で合格できたのは、仕事せず何時間でも勉強できる環境があったからだと思います。
ただそれはもう、死ぬほど勉強しました。
暇さえあればすべて勉強時間です。
うつ病で体調には波がありましたが、しんどくて横になっても通信講座の動画を聞いてインプット時間にあてたり、疑問がわいたらベッド近くの本棚からテキストをとって確認したりと、まぁ無茶をした気もします。
そんな生活を支えてくれたのが、傷病手当金と障害年金です。
自分にとって、障害年金は必要不可欠なものであることが再確認できましたし、障害年金専門の社労士になることが、いまの自分の目標であると、勉強を深めるたびにその思いは強くなっていきました。
ただ、網膜色素変性症は、進行性の難病です。中途失明になる可能性もあります。
それでも社労士を目指そうと思ったのには、同じ網膜色素変性症の社労士さんがいるということを知ったからです。
人生はいつであろうと遅くありません。
というか、まだ(ぎりぎり)20代の私にとっては、同じ病気の先輩社労士さんが活動されているということを知れただけでも、これから十数年、二十数年…は頑張ろうと思うことができました。
障害年金が受給できるかどうかは、障害者にとって生活基盤ができるか否かの重大事案です。
視覚障害の障害年金を専門に、障害者目線で、金銭的な負担を軽く、少数者の権利をまもる「おぎ社労士事務所」として、初心を忘れずに、障害年金の請求という人生の大イベントをサポートさせていただきます。



